Project

匹見にまつわるプロジェクトをご紹介

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研究者に匹見へ来てもらい、その専門的な視点で匹見を考察し、レポートに記していただきました。ここでは、そのレポートのサマリーを紹介しています。専門性に長けた彼らは、何を感じ、どのように表現をするのでしょうか?

No.2

“音”
meets 匹見

中村 一浩

簗 輝孝TERUTAKA YANA

慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科
ヒューマンラボ所属 研究員

筑波大学大学院 音響システム研究室にて、楽器音響システムとトロンボーンの自動演奏装置の研究を行う。卒業後は、メーカーにてアコースティックエンジニアとして薄型テレビやホームスピーカーシステムの開発&設計に従事。2019年慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。同大学院のヒューマンラボに所属し、森林音と人の心理的な印象の関係について研究を続けている。

はじめに

何ともいえないやさしさと、どこか懐かしさを覚えるこの感じはいったい何であろうか。多種多様で色彩豊かな森林の風景を前にして圧倒されているからだろうか。いや、この体感はそれだけではない。目を閉じ、全身を包む世界と対峙するとにじみ出てくるものを感じた。

ほのかに甘い土の香りや鼻に抜けるさわやかな木々の匂い、さあっと通り過ぎる心地よい風、やわらかな落ち葉の感触、そして聴こえてくるのは川のせせらぎ。それは自然のコラボレーションによる交響曲で全身を包まれているかのようであった。人工物に囲まれ、さまざまなノイズにまみれた現代の都市生活ではこの体感を得ることは難しい。匹見町は人の五感に対する根源的な刺激で満ちあふれている。人間にとって大切なものがきっとここにあるはず。

音の研究者としての視点

匹見町は森林と川が創り出す「静寂」で満ちていた。「静寂」とは音が全くないことを意味する無音とは異なる。無音で、音が全く響かない無響室に入ると、何か感覚が変になったように感じ、人によっては気持ち悪くなることもあるであろう。アラン・コルバンは著書『静寂と沈黙の歴史』の中で次のように述べている。

“静寂とは、単に音のない状態ではない。そのことを私たちはほとんど忘れてしまった”

「静寂」とは、「静かだからこそ、自然が奏でる音がよく聞こえる」ことを表した言葉ではないだろうか。これは、静かな森林の中で、騒音計の数値を眺めながら測定するたびに感じていることである。この「静寂」こそ、現代の都市生活では得ることが難しくなってしまった人間の大切な宝物ではないだろうか。

匹見町の音は人間の活動音が少ないため「騒音レベル」が低く、たまに通る車や、数回程度の飛行機の音を除き、ほぼ全てが自然音で満たされていた。

川のせせらぎはどこにいてもかすかに聞えていた。静寂度は極めて高く、大神ヶ岳の周囲ではほとんど何も聞こえない「騒音レベル」に相当する20dBAをたびたび下回るほどであった。

さまざまな自然の音をじっくりとらえる場として、多様な自然からの刺激を得ながら深い対話ができる場として、そして何よりも、心身を落ち着かせ、リラックスできる場として、森林と川に囲まれた匹見町ならではの魅力はまだまだはかりしれない。

匹見町 RESTPARKの
「騒音レベル」と
「1/3オクターブバンド周波数」
分析結果

匹見町 RESTPARKの広見川沿いと森の中における「騒音レベル」と「音の周波数分析:1/3オクターブバンド周波数分析」の結果を示す。次の図は、都市生活で接する機会の多い場所の一例として、駅のプラットホーム、カフェやレストランなど店舗の「騒音レベル」と、匹見町 RESTPARKの「騒音レベル」を比較した結果である。


RESTPARKの「騒音レベル」は、[都会の駅 プラットホーム]、[都会 カフェ&レストラン] の「騒音レベル」に比べ、レベルの変動が少なくほぼ一定であった。突発的な電車や車の通過音、構内アナウンスや人の話し声、アップダウンの大きい流行曲がかかる店舗のBGMなど、都市生活ではレベル変動の多い人の活動音に囲まれているが、これらの音がRESTPARKでは非常に少ない。一定に流れ続ける川のせせらぎが常に聴こえていることがRESTPARKの特徴であり、「騒音レベル」がほとんど変動しなかった要因であった。

RESTPARK周辺を散歩しながら、まわりの音に耳を傾けてみると、広見川沿いでは刺激感と開放感があるような「ザー」音、少し離れた森では、まるで雑念が吸い上げられるかのような「かすかなサー」音と、川のせせらぎが常に聴こえていたこと印象深かった。

次に「音の周波数分析:1/3オクターブバンド周波数」分析の結果を示す。


RESTPARKの音は、都市の音に比べて100Hz以下の低周波数(低周波音)のレベルが低く、さらに、周波数が低くなるにつれて音圧レベルが下がっていくことが特徴である。

低周波音とは一般的には周波数100Hz以下の音をさし、さまざまな機器、電車や車のエンジンや走行音、飛行機やヘリコプターが空気を切り裂く音など、人工物の動作音に多く含まれる。ほかには、風力発電の羽が空気を切る際の空気振動や気圧の変動により発生することでも知られている。

低周波音の人への影響としては、低周波音の音圧レベルが80dB〜90dBを超えるようなときに、不快感や圧迫感が生じる場合がある。また、継続的に低周波音を浴びることにより、頭痛やめまい、不眠、身体不調の健康被害も起こる可能性があるとされている。

RESTPARKでは人工物が発する音が少ないため、低周波数音レベルが非常に低い結果を示したと考えられる。また、都市生活圏に対して低周波音のレベルが約20dBも低いという結果は、匹見町そのものが人工音の多い都市生活圏から離れ、自然に囲まれた環境であるということを示したといえる。

匹見町 大神ヶ岳の
「騒音レベル」と
「1/3オクターブバンド周波数」
分析結果

匹見町大神ヶ岳の「騒音レベル」と「音の周波数分析:1/3オクターブバンド周波数分析」の結果を示す。
比較のため、前述したRESTPARKの広見川沿いと森に加え、益田市Mascos Hotelの部屋と外の道路での測定データも示す。
次の図は「騒音レベル」の比較結果である。


「大神ヶ岳の騒音レベル」、特にLAeqが20dB台と非常に低く、静かなことが特徴である。

RESTPARKの森と比べても約20dBほど低い。また、宿泊先として利用した益田市Mascos Hotelの部屋の「騒音レベル」と比べても、LAminとLAeqが低い。これは、大神ヶ岳は屋外であるのにもかかわらず、静音性の高い屋内の部屋よりも静かということを意味する。

一方で、LAmaxがMascos Hotelよりも3dBほどレベルが高い値を示したのは、部屋の中にはない鳥の声、風の音や木の葉のこすれる音など、自然ならではの変動する音が存在したためである。

次に「音の周波数分析:1/3オクターブバンド周波数」分析の結果を示す。


大神ヶ岳の音は、RESTPARKの森の中と比べ100Hz以下の低周波音の音圧レベルが低く、100~500Hzの音圧レベルも静かなHotelの部屋よりも低い。非常に静音性が高いと感じたMascos Hotelの部屋で唯一残っていた空調のノイズ音が100~500Hzで大神ヶ岳よりも高いレベルを示した。

1000Hz以上の高い音の音圧レベルは、Hotelの部屋よりも大神ヶ岳のほうが6~8dB程高い結果を示した。この点こそ、大神ヶ岳の音の特徴と考える。それは、閉め切った屋内の部屋とは異なり、高い音を多く含む自然音の存在を示しているからである。

都会では得ることが難しくなってしまった圧倒的な静けさが大神ヶ岳にはある。その上に、山々の周囲を流れる水の音がかすかに聴こえ、葉のこすれる音や鳥の鳴き声が時折加わるといった音風景であった。

大神ヶ岳の森の特徴として、飛行機やヘリコプターなど空からのノイズ音がほぼないことを付け加えたい。関東周辺の森林で騒音測定を行うと場合によっては約5分から10分間隔で空からの爆音に邪魔され、安定した測定ができない。逆を言うと、空からのノイズ音を含めて、それが関東周辺の森林の音なのである。

大神ヶ岳では上空からのノイズを気にすることなく、安定した測定ができたうえ、自然が奏でる音に耳を傾けながら、心が休まるゆっくりとした時間を過ごした。