多様なバックグラウンドを持つ参加者たち
イベントはメンバーの自己紹介からスタート。匹見町で生まれた人、働く人、匹見町のプロジェクトに関わる人…そして今回の主役である研究者、ちほさんと、てるさんのおふたりが、お互いをニックネームで呼び合いながら、それぞれが持つバックグラウンドや匹見町との関わりなどを語ります。また、今回はグラフィックレコーダーのあるがゆうさんも参加。イベントの内容をイラストと図解でリアルタイムにまとめていきます。まずは、ちほさんの報告です。
研究者プロフィール①
喜多島 知穂CHIHO KITASHIMA
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の博士課程に在籍。研究内容は、「Well-beingに向けた意識変容と行動変容に関して」。今回の視察を通じてWell-beingの研究者として感じ取った匹見町の魅力について報告してくれます。
Well-beingの研究者が
出会った匹見町の魅力
「匹見には2019年の11月に行かせていただきました。そこから2ヶ月過ぎた今、感じているままを言葉にしたいと思います」と、発表の口火を切ったちほさん。一番好きだというREST PARKの写真を投影して「この写真が、わたしの匹見の印象そのものですね」と話すちほさんに、参加者の注目が集まります。
まず、ちほさんは、匹見町に対して “自分に戻れる場”だということ。そして、“これからの社会に必要な知恵の宝庫である”ということを感じたと言います。その理由については「私自身がWell-beingの研究者であることが大きいですね」と語ります。
「Well-beingとは、“幸せ”…もっと簡単に言えば“より良く生きる”ということなんです。自分の暮らしや命をどんなふうに育んでいくのか。どんな状態が一番心地いいのかということを、暮らしや健康、精神、さらには社会的な側面から見ていく。そういうことを研究しています」と、自身の研究分野についてわかりやすく解説してくれました。
匹見町は“自分に戻れる場”
ちほさんから見た匹見町は、どんな印象だったのでしょうか。まずは、1つめに挙げた“自分に戻れる場”というキーワードについて話していきます。
匹見には何もないと聞かされていたため、ちほさんは当初、匹見町に対して「何も期待してなかった」と言います。しかし、遠い道のりを経て、この写真の風景に出会った瞬間、その気持ちはがらりと変わったそうです。豊かな紅葉と水、草木をすり抜けていく風…美しいという感情が心の底から湧き出し、「自分の外に向いていた矢印が、一気に内側に向いた」。それがちほさんの、匹見町に対する第一印象だったとのこと。
「なんでこんな風に思えたんだろう?と考える中で出た答えが、“何もないからこそ自分に向き合えるんだ”ということでした。匹見町って、本当に自然しかない。でも、それがただの自然ではなくて、ずっとそこにあり続けた、飾りっ気のない自然だったんです。飾らない自然だからこそ、自分自身も飾らない状態になれたんだなと気づいて、それが“自分に戻れる場”につながったんです」。
“アクセス可能な自然”が
あるという価値
ちほさんが匹見町で出会った“飾りっ気のない自然”。そこにはもうひとつ注目すべきポイントがあったようです。それは、触れようと思えばすぐに触れることができる“アクセス可能な自然がある”ということ。行動変容を研究しているちほさんならではの視点です。
「“自然に触れる”とか、“運動すること”が大切だと言われていますが、わかっていても、なかなかできないでしょ? そこにある行動へのハードルってものすごく高いんですよ。でも、匹見町ではそのハードルがすごく低い。これは行動変容においてすごく大切なポイントだし、そのポイントが“自然の中で自然と生まれている”ということが魅力的だと感じました。これはWell-beingの健康の視点からいうと、どこにもない価値そのものなんです」。
匹見町は“知恵の宝庫”
続いて話題は2つめに挙げている“知恵の宝庫”というキーワードへ。「今後、自然と共に生きなければ私たちの生活が難しくなっていくのは目に見えていますよね。その問題を解決しなくてはならない…そういった状況の中で、現時点で世の中に出ている解決策は、リサイクルしましょうとか、リユースしましょうとか、何か新しいものや仕組みをつくり出していくプラスの視点のものが多いんです」と、まずは前提を立てつつ、匹見町で見つけた知恵の話へと入っていきます。
「でも、そうじゃないなと思うんです。古くからある日本の田舎の暮らしを見ていくと、そもそもゴミなんてなかったんですよね。元々の自然と共に生きる暮らしに戻ればいいんじゃないかなって。実際に匹見の人たちの暮らしを眺めてみて気づきました。視察したのが11月だったので、軒先で冬支度をしている家が多かったんです。その光景を見て“21世紀にもなって、こんな秘境に人が住んでいるのってすごいな”と感じたんです。秘境の地で厳しい冬を越えながら人が暮らし続けられるということは、それだけ匹見のみなさんに知恵があるということなんだって。その知恵こそ、これからを生きる私たちの暮らしの財産になるんじゃないかなと思ったんです。まだ、知恵の正体がどんなものかは探り切れていませんが、その財産を次の世代に残すためにも、自然を大切にするためにも、その知恵を生かすこと。それが、これからの社会的なWell-beingにつながっていくんじゃないか…それが匹見の魅力だなと思いました」。
「まだまだ話したいことがたくさんあるんですよね」と言いながらも、ここでいったん報告を締めくくったちほさん。その言葉通り、今回の視察の中で、たくさんの気づきがあったようです。その詳しい内容はこちらのサマリーにまとめられていますので、ぜひチェックしてみてください。ここからは音の研究者、てるさんの報告へと進んでいきます。
研究者プロフィール②
簗 輝孝TERUTAKA YANA
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科に在籍する研究員。同時にアコースティックエンジニア=「音の専門家」としてメーカーに勤務し、ホームスピーカーシステムの設計に携わっている。本イベントでは、音の研究者として2日間の視察を通して観察した匹見町の音の特徴について報告してくれます。
音の研究者が聴き取った
匹見町の価値
「今日、みなさんに伝えたいのは、“見えないものに価値がある”ということ。そして、“何もないから、ある”ということですね」と、語りはじめたてるさん。
「視察をはじめたとき、“匹見町ではどんな音が聴こえるのだろうか?”と、目を瞑って捉えようとしました。においと、風と、音…その全てに東京などの都会では絶対にあり得ないものを感じたんです。“自然って、こんなに豊かな表現をするんだな”と思いましたね。恐らく、みなさんも、そこに行けば五感が開いて自然を吸収してしまうと思います。ちほさんが、“自分の内側に矢印が向く”と話していましたが、自分も、そういう時間が増えていくと感じました」と、ちほさんの感想とリンクする部分を交えながら、匹見町の第一印象を話してくれました。
“見えないものに価値がある”
“何もないから、ある”とは
続いて、いよいよ音の研究者としての考察が明らかにされていきます。「“見えないものに価値がある”“何もないから、ある”とは、どういうことなのか。私はエンジニアでもあるので、この意味を、“ダイナミックレンジ(※)”という指標で表現できると考えました」。
※ ダイナミックレンジ…カメラやAV機器、テレビなどの機器が信号の再現能力をあらわす値。デシベル(db)を用いて示される。再生可能な信号の最大値と最小値の比率を表す。写真の場合、表現できる明るさの範囲を示し、ダイナミックレンジの狭いカメラで写真を撮ったとき、白飛び、黒つぶれが生じやすくなる。 参考:wikipedia
いきなり登場した専門用語に参加者は興味津々。てるさんはわかりやすく解説を進めていきます。「例えばある風景があったとします。それを写真にするとして、“表現できる最大”と“表現できる最小”というものがあるんです。簡単に言えば白と黒の世界なんですが…」と言いながら、てるさんは会場スタッフに照明を消すように促します。すると、今までややぼやけていたスライドの写真の黒い部分が鮮明に見えるように。会場からは「おぉ……!」という声があがりました。
「これがつまり、ダイナミックレンジなんです。私は匹見町に、白と黒の世界で言うと、黒い方…つまり、照明を消すとはっきり見えるようになる部分の要素を感じたんです。今消した照明は、都会にあふれる雑音にあたります。雑音がないからこそ見えてくるもの、聴こえてくるものがたくさんある。“表現できる最大”がより大きくなるんだということを感じました。」と、匹見町に見出したダイナミックレンジについて語るてるさんは、さらに続けます。
「匹見町では、わずかなにおい、小さな音、かすかな光を全部感じ取れる。都会ではあふれる雑音のせいで全部は感じ取れない」と言いつつ、再び照明をつけるように促して、「こうやって照明をつけると写真の黒かった部分がぼやけて“表現できる最大”が狭くなる。これが、都会で見えている風景。都会のダイナミックレンジなんです。匹見町には雑音がない。だからいろいろなものを感じ取ることができる。“見えないものに価値がある”“何もないから、ある”っていうのは、つまりそういうことなんです」。ここまでのてるさんの解説に、会場からは「わかりやすい!」という声が。
匹見町の音の特性…
「すべてがある静けさ」
ダイナミックレンジを入口とした鮮やかなプレゼンテーションから、話題は視察中に録音したデータに基づく解説へ。さまざまなデータを紹介しながら、匹見町にある音の特性を紐解いていきます。
てるさんのリサーチで見えてきたのは、「1日を通して音の変化が少ない」「都会に多い人工音がほとんど聴こえない」「聴こえるのはほとんど川の音だけ」「とにかく静かである」といった特徴。そんなこと、山間の町なら珍しくはないのでは…と思いきや、そうではないとてるさんは言います。
「私は関東の森でもデータを録っていますが、匹見町は、今までの森とは圧倒的な違いがある。それは、空からのノイズ音がほとんどないということなんです。関東上空にはけっこう飛行機が飛んでいるんですよね。だから、森の中にいたとしても、5〜10分に1度は飛行機の音が邪魔をして測定ができなくなってしまいます。でも、匹見町にはそういう邪魔が入らない。“見えないものに価値がある”“何もないから、ある”。つまり、“全てがある静けさ”なんです。…そう感じた理由が、音響的なデータからも示されたと思います」。
てるさんがリサーチした匹見町の音のデータなどはこちらのサマリーをご覧ください。
匹見町から見出された
Well-beingと音との関わり
2人の報告を受け、今度は、参加者全員でのトークへ。会話を進めていくうちに、匹見町の視察の中で生まれたWell-beingと音にの関わりが2つ見えてきました。
「音とWell-beingには大きな関係があると思います。私たちの心は、パワーがある強い音や大きな音に引っ張られてしまいがち。例えば、あなたに怒鳴り散らす人が1人いたとします。他に、99人はあなたのことを褒めてくれたとしても、その1人が与える印象に引っ張られて、落ち込んでしまいませんか? 逆に、その怒鳴り散らす声のパワーが減れば、99人の褒める声が聞こえるようになっていく。静かな環境なら自分に届く音がフラットになって、自分自身の気持ちをクリアに戻すことができるでしょうね」と言うちほさんに対し、てるさんもこたえます。
「確かにそうですね。例えば、空調のノイズがある空間だったら、そのノイズより大きな声で話そうと意識したりする。もし、何のノイズもない静かな空間だったら、その分のエネルギーはいらないわけですもんね。静かな空間だとエネルギーを無駄にせず話せる気がします」。
それを聞いたちほさんから「それは音だけの問題じゃなくて、仕事など他の忙しいことにエネルギーを向けちゃって、本来大切にしたいところにエネルギーを注げない状態になると、エネルギーの分散方法の配分がアンバランスになってしまうんですよね」。
さらにちほさんからは「最近の“長時間労働を止めよう”、“むやみに連絡を取りすぎないようにしよう”といった社会的な動きも、その一環だと言えます。つまり、静かな環境がある匹見町なら、自分のエネルギーをもっと丁寧に使えるはずなんです」といった意見も。匹見町には、Well-beingや音の視点から見ても、大切な要素が存在しているということが明らかにされました。
この取り組みを
次につなげるために
今度は参加者を4、5人のグループにわけてのディスカッションへ。「元から住んでいた人間にとっては当たり前だったことが、違って見えた」「匹見町にしかない風景ってなんだろう?」「他の山間の地域との違いって?」など、ここまでの報告に刺激を受けて、各グループで活発なディスカッションが繰り広げられます。
その結果、「豊かさは、何も無いことによって見つけられたり気付いたりできるのでは」「堂々と発信していける場所があるし、すでにいいものがある」「研究者の視点を受けて、新しいアクションを起こすことで、匹見でできることが見えてくる」「匹見の魅力は純度を高めていくことで高まっていく」など、さまざまな意見と発見が生まれました。
最後に、グラフィックレコーディングをみんなで眺めながら、イベントを振り返ります。
「まず、キーワードとして“変わるを促す”があって、ちほさんの“何もないから自分に向き合える”や、てるさんが言った“全てがある静けさ”に身を投じることで五感が開き“見えなかった物事に気づく”ということから、匹見には“変わるを促す力”があると感じました。その価値を匹見に暮らす人や、訪れた人、異なる専門分野を持つ研究者さんなど…さまざまな人の視点で可視化していくことに大きな可能性がありそうですね」と、ゆうさんが、グラフィックレコーディングから紡いだ言葉でイベントをまとめました。
「匹見の森の暮らしづくりプロジェクト」は、まだはじまったばかり。今後も、研究者のみなさんの幅広い分野と視点から、匹見町に眠る魅力と可能性を探っていきたいと考えています。興味を持っていただけた方は、ぜひ一度、匹見町に遊びに来てください。